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2020.06.15








怖いってなんじゃっていうマジどうでもいい散文です。
以前ある美容ライターさんの本を読んでいて「私はこの〇〇(失念)を受け取るためのセンスをまだ持っていなかった」みたいなことが書いてあってなるほど〜ってなった。なんでも受容体が必要なんですね。受け取れないものは「ようわからん」となって去るか拒むかになるのかな。拒むがどういう訳か怒りに繋がってる人もいるね。受容体の葉をたくさん持った器になりたいところだけど、そうなるにはいろいろ見て知った後で、自分がそれをどう受け取ったか自分で言葉にしないといけないと思う。
夜の道端でしゃがみ込む人物がのっぺらぼうだったとして、顔のパーツがないことをどうして怖いと思うのか。頭部しかなくてフワフワしてる生首のこととか。例えばその状態でごく普通に生存してる人がいたとして、怖がるってその存在の受取拒否ってことかな。
物理的にあり得ないから怖いっていうのは個々人の持っている常識や物理的認識に基づいてるものだと思うと、同じ話を聞いた人が同じように怖く感じるのは、同等の価値観を持ち合わせている・近しい文化圏で育った証と言える。

ここまでテキトーにつらつら考えて、結局「死を連想させる=殺されたらやだな」「人間は理解できないものを本能的に拒否する」っていうことでなんとなく解決しちゃったアハハ
差別問題なんか見てると「ようわからん(自分が属する群れの外のものと認識したもの)」と「死」がイコールに近かった頃から大して進化できてないんだよね。現代は「ようわからん」ものが自分を殺しに来ることなんてそうそうないはずなんだけど、そこはまだ適応できてないのかな。
これ全然関係ないけど人間そんなに進化してないじゃんの考えで腸内細菌からパレオ食(原始人食)に興味が移った時期があって、一時そういう食生活にしてたんだけどさすがにキツすぎてやめた笑
きっとちょっと早かったんだな、憧れは未だ熱く持ってるからもうちょい先ならまた始められるかも。

ところで女性間や趣味の空間の会話なんかでよくあるポジティブなニュアンスでの「かわい〜」「すてき〜」を怪談界隈に置き換えると「こわ〜い」になる。 仮に怖くなかろうが、話を披露してくれた相手への敬意としての「怖いね」なんだと思う。なんてことを座談会系怪談聞いてて思いましたまる。
正直こんなクソどうでもいい文読んでる人いないと思ってんだわたし笑
もし読んでくれてる人いたら時間もらっちゃってごめん、どこかで会ったら握手しよね^ ^












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